ウクライナ侵攻に対する佐藤優氏の見立て

 

ウクライナ侵攻に対する佐藤優氏の見立て

情報が錯綜するロシア―ウクライナ紛争について専門家の見解に耳を傾けてみたい。
2月28日の毎日新聞に作家・元外務省主任分析官の佐藤優氏の「ウクライナ侵攻を正当化するロシアの『現実主義』」と題するレポートが掲載された。ここではこの記事を抜粋して紹介する。

キエフ陥落は時間の問題

ウクライナ軍は必死の抵抗をしているが、キエフが陥落するのは時間の問題だ。
ロシアの行動は、既存の国際秩序を破壊する危険な行動だ。ロシアの行動は厳しく非難されなくてはならないが、情勢を正確に分析するためにはロシアの内在的論理をつかむ必要がある。>

国際法を乱用する「ネオ・ブレジネフ・ドクトリン」

<筆者は現在のプーチン氏は「ネオ・ブレジネフ・ドクトリン」によって動いていると見ている。現在のロシアは社会主義国ではない。従って、プーチン版制限主権論の内容は、「ロシアの地政学的利益の根幹が毀損されるおそれのあるときは、個別国家の主権は制限されることがある」という考え方だ。ロシアは、国際法を完全に無視することはしない。しかし、国際社会では到底受け入れられないような無理筋の主張をすることがある。ロシアは国際法の乱用者なのである。>

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「解放」を強弁

<2月21日にロシアが「ドネツク民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認するとともにそれぞれの「人民共和国」と「友好、協力、相互援助条約」を締結した。ロシアの理屈では、ウクライナドネツク州とルガンスク州はもはや存在しない。両「人民共和国」の憲法で、「ドネツク民共和国」の領土はドネツク州全域、「ルガンスク人民共和国」の領域はルガンスク州全域と定められているからだ。

 両「友好、協力、相互援助条約」により、ロシアと両「人民共和国」は集団的自衛権を行使することができる。従って、ウクライナが不法占拠している「ドネツク民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の領土をロシア軍が「解放」しているのだと強弁する。

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NATOの影響を完全に排除

プーチン氏の論理では、両「人民共和国」の安全を保障するためには、ウクライナのゼレンスキー政権を打倒し、ロシアに宥和的な政権を樹立する必要がある。同時にウクライナの非軍事化を実現する。
ウクライナ政府にロシアとの同盟関係を強要するか、中立を宣言させて、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の影響がウクライナに及ぶことを完全に排除することだ。>

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「2~3年で受け入れざるを得なくなる」

<ゼレンスキー後のウクライナ政府が、ロシアのかいらいと見なされ、国民の支持を得ないこともわかっている。ウクライナの次期政権も、ロシアの軍事力を背景に2~3年維持できれば、ウクライナはそれを受け入れざるを得なくなるとロシアの政治エリートは考えている。>

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アフガニスタン化」の可能性は排除できる

<第一に制空権と空港をロシアが押さえているため、既にウクライナに武器を空輸することが不可能になっているからだ。陸路からだと鉄道かトラックでポーランドから送ることになるが、その場合、ミサイルと爆撃機で武器の移動を実力で阻止することが可能と考えている。>

〈いずれにせよ、米軍がウクライナに直接、兵士を送る以外にロシアの侵攻を抑える手立てがないというのが現状だ。〉

 

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片山:確かにウクライナをメディアが連日取り上げるようになり、誰かが発信した情報を相対化も検証もせず「そうなのか」と鵜呑みにしてしまう人が増えた気がします。それが正しい情報ならまだいいのですが……。

佐藤:そうなんです。

 例を挙げれば切りがありませんが、マリウポリでロシア軍が化学兵器を使用したと断言した大学教授がいたでしょう。でも、実際は使っていなかったことが明らかになってきている。少し前には、年内にウクライナが勝利し、ロシア軍を駆逐すると力説した専門家もいました。願望なのかもしれませんが、まったく根拠はありません。また、ウクライナ軍は士気が高くて、ロシアは低いとさかんに語られましたが、士気が低い軍隊が1万1000人もの兵士を赤の広場に動員して、パレードできますか?

片山:ふつうに考えれば分かりそうなものですが、ウクライナ側の大本営発表を真に受けてしまう。日本人の体質は戦中と変わっていないように思えますね。

佐藤:大本営発表を素直に信じてしまう人も問題ですが、それ以上にウクライナの専門家と自称する解説者やコメンテーターの質は本当にひどい。

片山:ウクライナ危機では、すべてのメディアが、ウクライナは西側諸国と価値観が一緒だから、日本も足並みを揃えよう、支援しようと主張した。しかし価値観が一緒というのは無理筋でしょう?

佐藤:おっしゃる通りです。ウクライナ歴史観ひとつ取ってもそう。いま広まっているウクライナの歴史は、実証的な歴史学には耐えられない、ガリツィア地方の民族主義者の主張をもとにしたウクライナ版の皇国史観とも呼べる代物です。

【対談】佐藤優×片山杜秀「ウクライナは西側諸国と同じ価値観」というメディア主張は無理筋|NEWSポストセブン

佐藤:いまの日本には2種類の平和ボケが蔓延している。ひとつは憲法9条があるから、大丈夫という平和ボケ。もうひとつが血なまぐさい戦場の現実も知らずに、核武装などについて勇ましく語る政治家やコメンテーターの平和ボケ。

片山:対極に位置するように見えますが、戦後平和主義がもたらしたという点では根っこは同じかもしれませんね。ウクライナに支援した防弾チョッキにしても武器じゃないから送ってもいいという理屈でした。

佐藤:私はむちゃくちゃな解釈だと思いました。防弾チョッキは殺傷能力がないと言いますが、戦場での使われ方次第なんですよ。仮にどんな銃弾でも跳ね返せる防弾チョッキを装備した兵士が自動小銃を持てば、攻撃性は極めて高まります。

【対談】佐藤優×片山杜秀 ウクライナ侵攻で露呈した「西側=国際社会」の限界|NEWSポストセブン (news-postseven.com)

 

 

出典 ウクライナ侵攻を正当化するロシアの「現実主義」 | | 佐藤優 | 毎日新聞「政治プレミア」 (mainichi.jp)